風が越えるまち、路地を抜ける風。

壊されてしまう前に。
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野球場
今宮球場。
このアーチ、ひさしぶりに見た。
改めて、見た。

中では中学生が野球の練習中。
男の子っていいよね。
なんかさ。



飯田の花火は今宮神社が一番初めだったと、この前図書館に行ったときに読んだ。
いまや住宅に囲まれて大きな花火は上げられなくなったが。
昔は、お金持ちの商家では代々その製法を受け継ぐ花火の作り方があったらしい。
門外不出のその製法には、ひとつづつ名前がつけられていた。
そんな伝統もいまや忘れられつつあるけれど。


野球場のワンシーン。

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13:56 | 地元の人 | comments(0) | trackbacks(0)
寄り道
好物も食べ過ぎると飽きてしまう。

桜の花が咲く前に、桜の話題で腹いっぱい状態の私です。
飯伊にこれだけたくさんの桜の古木がある。
その事実はよく分かった。

それぞれを詳しく説明するほどまでは達していないけれど、
桜については自信を持って紹介できる地域である。
桜を愛する人もたくさんいる。
ということは実感できた。

2月27日の桜行脚の話は、追々追記するとして、
きょうから3月になったことだしちょっと別の話題を。

桜行脚の最後に訪れた場所。
それがここ。


『松尾多勢子の生家』(竹村家)

松尾多勢子。
地元出身の偉人として、名前くらいは聞いたことがあったが
どんな人なのか?知らずにいた。

幕末のスーパーおばあちゃん。
勤勉で、堅強で、行動派。
歌人としても才能を発揮。
そして日本が大きく動いた時代に、勤皇派の情報屋として
当時にしては高齢の女性であるにも拘らず行動した人。
そして三男四女の母。

旧家に生まれて、嫁ぎ先も裕福だったという環境の良さもあった。
しかし、50を越えてから、夫や子どもたちを故郷に置いたまま京へ上る、
その覚悟の強さに感服。
もっと全国的に有名になってもいいのにね。

探してみたらWikipediaにも無かった。
小説にでもなればおもしろいのに。

いかにも『信州の女』らしい人だと思うのは私だけだろうか?

(実は、うちのばあちゃんの尊敬する人でもあるらしいことは秘密です。)

豊丘村には、彼女の嫁ぎ先も現存しているという。
いつか訪ねてみたい。
お墓にもお参りできたらいいな。


写真の門、立派なものでした。
車でほんのちょっと立ち寄っただけなので、お宅の建物の様子はよくわからなかったのが
残念でしたが…。


ここで疑問。
あちこちで残っているのは、何故、いつも門だけなのでしょう?
か…。



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08:30 | 地元の人 | comments(0) | trackbacks(0)